ソープと外国人について

最近ソープランドへ行けば、ちょっと?と思うようなことがあります。一つ、ソープランドには外人がいるではありませんか。まあ、別に違和感があって不満ということではないのですが。ソープランドも、かなり有名になったなあという思いでいます。このような外人の人たちは、日本へわざわざ来て、最後にソープランドで楽しみ、これがディスイズジャパンなどと言って自分の国へ帰っていくのではないでしょうか。

ソープランドで、日本を学び、帰宅して行くというのは別に間違いではないと思うのです。そして、外人の人たちはスカイツリー体験、浅草体験をするよりも雄琴のソープランドへ行く方が、全然、日本のディープな部分をつかんだなという感じがします。このようなディープな部分には、歴史がからみ、実績が累積して、スカイツリーのようにまだまだ新しい即席な東京とは全然違うと言いたいのです。

でも、それもソープランドの風格とも言えるのかもしれませんが、今まで、そんなソープランドへ行きたい外人のモチベーションをさんざん阻止して来た歴史というものも存在しているのです。今、外人も行くことが出来るソープランドが増えてそれは、若い人たちがなかなかソープランドへ行かなくなってしまったことに対して、うまく穴埋めが出来ているのかもしれません。なぜ、若い人たちがソープランドへ行く機会を失ってしまったのかといえば、やっぱりソープランドという場所で高いお金を支払いすることが惜しいと考える傾向がどんどん高まってしまったからのようです。

それは、形のないものに対してお金を支払いするのがもったいないという発想であり、我々も多少なりとも持っているものです。しかし、時として、若い人たちもそのようなものに対してお金を使う訳ですし、海外旅行でお金を使うのなら、ソープランドでお金を使うというのもなかなかいいものです。何が欠けているのかといえば、やっぱり昔のに人たちがソープランドっていいものだという伝承が若い人たちに出来てないという感じは、多少あるのかもしれません。

でも、本当にソープランド好きという人たちは、外人に支配されようとしている光景って、あまりいい思いで見てはいないのではないでしょうか。昔の人たちは、ソープランド好きという人たちはやっぱり昔のままのソープランドに出会いたいと思っているのです。外人がどんどん進出して来る様には、実際に賛否両論という感じでしょうか。